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【レオン北米釣り紀行/1996年〜1999年カリフォルニア】Vol5:レイクキャステイクの「怪」完結編「アッパーレイクとコヨーテとリザード」

連載:加来 匠レオン「ライトゲームマニア」
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故ボブ・クルピ氏を偲んで

この原稿を捕捉するため、ボブのラインクラスワールドレコードに関する資料を探していて地元新聞ロサンゼルタイムス関連記事(以下翻訳稿)に行き当たり、愕然とした。僕よりも2歳ほど若いはずのボブは一昨年この世を去っていたのだ…。

丸三年間過ごした北米生活の中でボブのボートには十数回ほど乗船した。三度目の乗船時にあえてメバル用のライトリグを持ち込み、ルアーじゃ釣れねえぞと言うボブの目前で立て続けにバスやストライパーをヒットさせて大いに驚かせてリグをねだられたり、またアフターで一緒にハリウッドのバーへ行くなど仲良くして貰った日々が、深い寂しさと共に思い出される…。

Adios, Bodyish Bass MAESTRO

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LA Timesによれば、彼の個人用ナンバープレートには「DADATUD」と書かれていました。これは今月初旬に大物バスの伝説、ボブ・クルピが突然亡くなったことを記念して行われた今日の金曜フィナーレの歴史的な写真についての手がかりかもしれません。

この写真は1993年の新聞記事にさかのぼり、ボブとそのパートナー、ダニー・カドタに焦点を当てています。当時、このコンビは合わせて200匹以上の10ポンド超のバスを記録し、6年連続でゴディアー/バシン・ビッグバス・ワールドチャンピオンシップでカリフォルニアを代表し、4つのラインクラスのラージマウスバスの世界記録を保持していました。

当時41歳のボブは、警察官でありながら通常週に3〜4日、世界記録のバスを追い求めるために水上で過ごしていました。彼はビッグバス探求に非常に献身的であり、気象条件を知るために1時間も運転する必要がないように、レコードフィッシュが出る可能性が最も高いと認識した期間中はレイク・カステイク近くに引っ越すほどでした。

「窓から外を見れば、風が強すぎて船を出すのが難しいかどうかが一目でわかり、数分で水上に出られます」と彼は記事で述べています。ボブとダニーは生き餌の専門家であり、「実際には常に生き餌(クロウダッド、マッドサッカー、またはウォータードッグ)を使っています」と彼は述べています。

彼らは「ボデイッシュ・バス」というVHSテープを作成し、自らのタックルとテクニックについて詳細に説明して販売していました。また、ボブは大型のバスをすべてリリースすることを早くから提唱しており、22ポンドのバスをキャッチした際にカリフォルニア州記録のチャンスを逃したこともあります。世界記録にはわずかに届かなかったものの、「これらの魚、特に大きなものを戻さないでおかないと、他のいくつかの湖と同様に資源が枯渇してしまうだろうという認識に至ったのは1980年代初頭だった」と彼は述べています。

彼は他にもかなり大きな2匹の魚を取り逃した事もあり、それらは実際に捕まえて計測した22ポンドを超える2匹の魚よりも重かったであろうと推定しています。
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