【レオン北米釣り紀行/1996年〜1999年カリフォルニア】Vol5:レイクキャステイクの「怪」完結編「アッパーレイクとコヨーテとリザード」
束の間のドライビングを終え、ボートは奥まった1本の流れ込み(インレット)へ差し掛かった。日本のダム湖のような渓流の流れ込みではなく水の流れはほとんどないのだが、それに反して水質は素晴らしく良い。まさしくジンクリアで山中湖を思い出した。湧き水が豊富な湖の特徴なのだろう。
ボブは魚探ではなく日本式の「山立て」のような風情で慎重にポイント取りを始める。アンカー打ちの指示が出た。「掛り釣り」の再開である。
「さっきは釣れなかったから今度は違うベイトを使ってみよう」とボブが言う。何を使うのか興味しんしんで見ていると、午前中とはまた違うストレージから今度は蓋付きのバケツを取り出した。「これだ」とつまみ出したベイトは、「イモリ」だった。暗灰色のその両生類は見た事の無い代物だ。日本のイモリとは違いシルエットがはるかに太い。オオサンショウウオをそのまま小さくして寸を詰め、肌をなめらかにしたフィギュアのような可愛らしさだ。名前を尋ねると、「リザードだ」と言う。「いや、何リザードだ?」と聞くと、「いや、ただのリザードだ」と言う。アメリカ人とこういう話になると何時もこうだ。海でも三種類ほどの根魚を釣って名前を訊ねても、全て「コッドだ」と言う。大らかと言おうか、大まかと言おうか、詳細な名前の使い分けなど関係ないようだ。
ともあれこのリザードは実に愛らしかった。どこにあるのか判らないほどちっちゃな目が平たい頭のほとんど両端に付いていて、精一杯広げた手は幼子の紅葉手のようだ。フックセットは下あごから上あごへとフックを抜くのだが、その作業にためらいを覚えるほど可愛らしい生き物で、日本でも一時期流行ったウーパールーパーに匹敵するほどの愛嬌者だった。
ココは北米カリフォルニア。巨バスの宝庫キャステイク。ワールドレコード保持の名物ガイド。
そしてフックに刺すのは活きたリザード…。
フックをセットして試しに船べりから水に漬けてみると、ウーパーは尾っぽを振りながら水底へと向かおうとする。
なるほど… と一人ごちながらキャストして当たりを待つ。そしてひとときの後、ファーストヒットは俺のロッドに来た。
「トム来たぞ!」
言われなくても見ていた。ティップがピコピコと動き始めていたので予感があったのだが、やはりウーパーはバスが来たので慌てていたのだろう。どの辺で合わせるかと考えていると、フリーにしているスプールからラインがスーッと出始めた。そっとロッドを取り上げスイープに合わせをくれようとした瞬間、「今だ!フックセット!」とボブが怒鳴る。
心地よい魚信が伝わってくる。軽めのドラグがずるずると出て行く。ドラグが止まった。ラインの角度がどんどん浅くなってくる。出るぞ!出るぞ!
カパァッっと水面を割って出たバスを楽しみながらロッドティップを水面に突っ込んでかわす。左に走るバスをそうはさせじとロッドワークで右へといなす。数回のやり取りの後船べりに寄せると、すかさずボブがネットでランディングしてくれた。俺はハンドランディングしたかったのだが…。
「ヘイトム!グッジョブ!エクセレント!」
「上手いじゃあないかお前!」
いやあそれ程でもあるよと内心思いつつも、多少照れながら北米での初バスを眺める。手尺で56センチほどの立派なバスだ。確かに僅かではあるが自己記録を超えるサイズではあるが、期待していたサイズではない。嬉しくないわけでは無いが意外に感慨もそれほど無い。午前中に見てしまった巨魁のせいなのだろうか…。
ボブが言うにはフロリダバスらしい。なるほど確かに体高がたっぷりとはしていたし、よく見れば傷ひとつも見当たらない美しい獲物をひとしきり観察し、写真も撮らずにそっとリリースした。その後二人して5本ずつ程度キャッチしたがそれ以上のサイズは出ず、特筆すべき事も起こらないままストップフィッシングの時間になった。
ボブの合図でタックルを仕舞っていると湖岸に生物の気配を感じた。顔を上げて良くみると、犬のような動物がこちらを見ている。
「ボブ、アレは何だ?」
「おお!カヨーテだ」(コヨーテではなくカヨーテと発音していた)
「この辺では珍しいし、奴は特別フレンドリーらしいな!」とボブが言うだけあって、ボブがアンカーを上げて近づいてもすぐには逃げようとはせず、ゆっくりした動作で赤茶けた湖畔の斜面を登って行った。
近くで見たコヨーテはなるほど精悍な狼顔だった。やはり犬とはかなり雰囲気が違い、眼光が野生の鋭さを表していた。全くカリフォルニアと言うところは自然が豊かである。パロスバーデスやサンディエゴの海岸線ではプレーリードッグやアシカやペリカンが普通に目前に現れるが、まさかコヨーテまで見ることができるとは…。
「トム!今日はお前ラッキーだったな!」
「ビッグワンもカヨーテも見れたしな!」
10ポンドオーバーが釣れなかった俺に対するせめてもの慰めなのか、遠くを見ながら夕日に頬を赤く染めたボブがそうつぶやいた。1996年、カリフォルニアCASTAKE LAKEにて。