【エギングやメバリングに没頭していた時代も?】家邊克己がアジを狙い始めることになったキッカケを詳しく語る
昔、今から30数年くらい前に磯釣りの合間にエギを磯竿に付けて今のエギングとかけ離れた操作でアオリイカを釣っていました。
家邊克己 Yabe Katsumi プロフィール
昔はイカの数が圧倒的に多かった
磯竿にナイロンライン3号の道糸の先にエギを付けていたのですが、今のような環が付いているのではなく、紐の輪があってそれに括り付けて使っていました。
当然まだPEなどという物がない時代なので、ラインはナイロンラインで柔らかく、長い磯竿でシャクルとグイーングイーンとナイロンが伸び、何ともいえない感じで動かしながらアオリイカを誘っていました。
それでも結構お土産になるくらい釣れてくれたので、今より遥かにイカが多かったのだと思います。
その後、PEラインの出現によりエギの動かし方が進化して、いつしかエギングという釣り方に変化していきました。
僕もそんなエギングにハマって四国中を走り回り、かなりのイカを釣らせてもらいました。
僕の場合、豆イカにはまったく興味が無かったので500g以上のイカを探し回っていました。
四国は太平洋から豊後水道、瀬戸内海、紀伊水道と4つの海域に分かれていて、それぞれ水温が違ったのでアオリイカの大きさもその海域で時間差でズレがありました。
やはり1番早いのは太平洋側の高知県で、10月くらいには500g〜800gが釣れ出し、3月位には3kgオーバーまで釣れました。
その後4月ぐらいから紀伊水道に面した徳島県辺りが良くなり、7月ぐらいまで釣れる。4月ぐらいには愛媛も良くなり同様に7月ぐらいまでデカいのが釣れてくれました。
そして8月9月は香川県辺りでサイズのイイのが釣れだしたので正味1年中500g以上のイカが釣れました。
四国はアオリイカパラダイスだった訳です。
ですから、1年中アオリイカを追い掛け回していたわけですが、凝り性なもので、色々と研究してアオリイカ専門の漁師さん達の話も聞いてかなりアオリイカについて勉強させてもらいました。
高知県にはないシャローポイントとの出会い
そんな中、シャローポイントが高知県にはなくて徳島県の由岐漁港でアオリイカが釣れているとの情報を得て行ってみました。
スポーンの時期でポイントは藻場で藻から水面まで1mもないようなシャローポイントでした。
高知にはそこまでのシャローポイントがなく、投げる度に藻が絡んでとても釣りになりません。
テンションを幾ら掛けてもどうしても釣れないのです。
これには悔しくて高知から1週間、毎日午前2時に家を出て片道170kmを走り、朝マズメだけやって帰るというのを繰り返しました。
そうやって何日も通っていると、段々テンションの掛け方と水深とのバランスが分かってきて、段々藻掛かりがほとんど無くなってアオリイカも釣れるようになりました。
沈まないエギの加工法もついでに見つけ、テンションの掛け方だけでなくそのような加工餌木を使うことで簡単に超シャローポイントが攻略できるようになりました。
何でもそうなのですが、できないことが嫌なのでできるまでとことんやってしまう性格なので、周りの人からは異常者のように見られていました(笑)。
月によってイカの採餌行動が決まる?
そのような感じでエギングに狂っていたわけですが、イカは月により採餌行動が決まってくると僕は考えています。
満月の場合は夜間に餌を追い求め、新月の場合は昼に餌を求めて動いているように考えていました。
仕事の関係で段々休日が無くなり、昼間は釣りに行けなくなってエギングも必然的に満月の夜と月がない時はマズメのみしか行けなくなっていました。